ある人は、ひと言も交わさなくても、すれ違う風のように心を変えてしまう。
その変化はたいてい騒がしくもなく、気づくことも難しい。
けれど、少し時間が経つと、確かに以前とは違う余韻が日々を包んでいることに、ふと気づく。
「あなたによって」生まれた変化も、きっとそんな種類のものだったのだろう。

いつもと変わらない朝だったのに、窓を開けた瞬間、空気が不思議なほどやわらかく感じられた。
重たい雲のように沈んでいた心が、ある日は理由もなく軽くなり、通りすがりの木々がより深い緑に見えたりもした。
誰かの存在が、人の感覚をもう一度呼び覚ますのに、それほど長い時間は必要ないのだと知った。

「あなたによって」変わったのは、大げさなことではなかった。
ささいな言葉遣いひとつに留まっていた思いが遠くまで伸び、長いあいだ閉ざしていた感情が、そっと外の空気を吸った。
恐れは少しずつ薄れ、喜びの幅はわずかに広がり、何気なく過ぎていた瞬間にもぬくもりが宿った。
説明のできない変化は、たいてい心の奥深くで起こる。
そしてそうした変化は、理由ではなく「人」がもたらすものだ。

ときには、自分でも気づかないうちに、誰かのリズムに合わせて呼吸を整えている。
言葉を控えていた人がもう一文を続けるようになり、不信が先に立っていた人が、少しだけ信じてみようと心を傾けることもある。
そのすべての始まりには、大きな出来事があるわけではなく、ただ「その人がそこにいた」という事実ひとつがある。

人は、自分でも気づかないまま変わっていく。
ある人にとってはただの通りすがりの他人でも、別の人にとっては人生の方向をわずかに変える風になることもある。
その風は、ときにひとりの午後をよりあたたかくし、沈黙していた心の奥の感情を、ゆっくりと揺り起こす。

「あなたによって」という言葉を思い浮かべると、いつも説明より先に感覚がにじんでくる。
少しやわらかくなった声、少し怖くなくなった明日、少し明るくなった時間。

もしかすると、そうした変化こそが、人が人に与えられる、いちばん静かで深い贈り物なのかもしれない。

Posted in

댓글 남기기